2009年6月7日日曜日

確率論的と統計的の違い

先日食べた升本のすみだ川というお弁当が大変おいしかったので、自分の知ってる限りの「ここのお弁当はおいしい」メモを作ろうと思い立ち、そういえば数年前の初釜でもおいしいお弁当を食べたような記憶が……とmixi日記を見返してみて出てきた2007年1月の日記。

日記によると、当時の私は赤池先生の本(残念ながらタイトル等の記載はなかったです)を最初だけめくり、
確率論的→データの数が無限という前提で議論する
統計的→データの数が有限だけどどうする?
であるらしい、と読み取ったようです。

これに対してある先生に、この読解自体は赤池先生もわが意を得たりでしょう、と言って頂いた上で、
「現代的な統計学の本質がデータの有限性にある,というのよいとして,確率論でもサンプル数が有限の評価もあります」
「そもそも「数学」の確率論には「サンプル」とか「実現値」とに相当する概念がないので,その意味では,普通の人の考える「確率」の話ではないわけです」
「しかし「データの有限性」から普遍性でなくむしろ多様性が出てくる,それが統計学だ,というのはやっぱりすごく本質的」
とコメントを頂いていて、こちらも2年半後に読んでも含蓄深いのでした。というより、赤池先生の本の序文の内容についてはおぼえていたのですが、こちらのコメントはおぼえていなかったので、当時は全然理解できていなかったのだと思われます……先生ごめんなさい。

こうやって比較してみると改めて、赤池先生は「統計」の方であるように思えます。一方、「統計的学習」の人たちのうちには、統計的でない人もいそうな気がします。ちなみに冒頭のお弁当はなだ万だったのですが、せっかく見つけた含蓄深いお話だったので、メモとして。お弁当は、ごはんがもっちり目だとポイント高いですね。

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